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ACHIEVEMENTS研究成果

ACHIEVEMENTS

研究成果

プレスリリース

2023.06.02

バイオエタノールを電解効率100%で燃焼 ―バイオと数理の力で拓く生体触媒による2段階カスケード反応―

概要

京都大学大学院農学研究科の足立大宜 博士課程学生(現・特定研究員)、宋和慶盛 助教、北隅優希 同助教、白井理 同教授、京都大学産官学連携本部の加納健司 特任教授、大阪大学大学院生命機能研究科 日本電子YOKOGUSHI協働研究所の宮田知子 特任准教授(常勤)、牧野文信 同招へい准教授、難波啓一 同特任教授(常勤)、大阪大学蛋白質研究所 田中秀明 准教授らの共同研究グループは、Gluconobacter oxydansという酢酸菌※1由来のアルコール脱水素酵素(ADH)※2およびアルデヒド脱水素酵素(ALDH)※3を用いた高出力かつ高効率な生物電気化学カスケード反応※4を実現しました。

ADHとALDHは、酢酸菌の呼吸鎖電子伝達系※5を構成する酵素で、バイオエタノール※6をエネルギー変換可能な触媒です。両酵素は、電極との直接的な電子移動ができるユニークな特徴を有しており、優れた物質-エネルギー変換(低い副反応リスク・高い電解効率)を実現できます。今回、クライオ電子顕微鏡観察※7や単粒子像解析※8を実施し、ADH、ALDHについてそれぞれ2.5 Å(オングストローム)、2.7 Åの分解能で構造解析に成功しました。また、本解析結果に基づき、最適な酵素-電極反応場をデザインし、同一反応場に両酵素を担持するコンセプトによって、エタノール→アセトアルデヒド→酢酸という2段階酸化反応を実現しました。さらに、数理モデルに基づいて本カスケード反応効率を最適化し、電気エネルギーの獲得と酢酸の生産を同時に達成するバイオ燃料電池を構築しました。本電池は、既報の10倍以上の出力に加え、エタノールから酢酸への変換における電解効率※9が100 ± 4%という卓越した性能を示しました。今回の研究成果は、生体触媒を用いた新たなバイオエタノール利用技術として、学術的かつ社会的な波及効果が期待されます。

本研究成果は、2023年5月30日に、国際学術誌「ACS Catalysis」にオンライン掲載されました。

    アルコール脱水素酵素ADHとアルデヒド脱水素酵素ALDHによる生物電気化学カスケード反応

 

1.背景

化石燃料に代わる再生可能エネルギーの普及は、低炭素社会を目指す現代における重要な課題です。代替燃料から高効率かつ高速に電気エネルギーを取り出すために、多様な触媒の研究開発が進められていますが、一般的な金属/無機触媒は、その多くが高温高圧条件を要する、あるいは副生成物を生じる、といった課題を抱えています。一方、酸化還元酵素は、常温常圧中性という穏和条件で高い活性と反応選択性を示す生体触媒であり、環境負荷も小さいことから、次世代を担う画期的な触媒材料として注目されています。

私たちは、再生可能エネルギーであるバイオエタノールの物質-エネルギー変換を志向し、酢酸菌の酵素に注目しました。本微生物は、酢酸発酵と呼ばれる呼吸鎖電子伝達系において、アルコール脱水素酵素(ADH)およびアルデヒド脱水素酵素(ALDH)を用い、エタノール→アセトアルデヒド→酢酸という2段階酸化反応を行います。一方、私たちはこれまでの研究で、ADHとALDHがともに、外部回路に接続した電極材料と直接的に電子授受することを実証しています。本反応は“直接電子移動型酵素電極反応(DET型反応)※10”と呼ばれ、酸化還元酵素のわずか0.01%、数にして約30種のみが実現できるユニークな反応様式です(図1)。DET型反応は、酵素と電極材料のみで構成される非常にシンプルな反応系であるため、優れたエネルギー変換効率や環境適合性、高い設計自由度を持つバイオエレクトロニクスへの実装が期待されています。    しかし、両酵素の立体構造の詳細は明らかになっておらず、それ故に電極反応効率を最大化するための電極界面設計が困難でした。

 

                         図1:ADHとALDHのDET型反応の模式図

 

2.研究手法・成果

2-1.ADHとALDHの立体構造に基づく電極表面の最適化を行い、両酵素の電極反応効率を向上

大阪大学大学院生命機能研究科 日本電子YOKOGUSHI協働研究所のクライオ電子顕微鏡を用い、ADHとALDHの単粒子像解析を実施しました。その結果、ADHについて2.5 Å、ALDHについて2.7 Åの分解能で初めて立体構造の解明に成功しました。図2(a)はADHとALDHの全体構造です。酵素内での電子移動に関与するコファクターに注目したところ、ADHについては触媒反応部位のピロロキノリンキノン(PQQ)と4つのヘムc、ALDHについては触媒反応部位のモリブデンコファクター(Moco)と2つの鉄硫黄クラスター([2Fe-2S])、3つのヘムcを確認できました。また、両酵素の天然電子受容体であるユビキノン(UQ10)の結合部位も解明できました。一方、酵素表面の静電ポテンシャルマップ※11を作成したところ、図2(b)の矢印で示す通り、両酵素ともにヘム1c付近に正電荷が局在していました。本構造情報を踏まえ、電極表面修飾法を活用することで、化学特性を制御した電極上での両酵素のDET型反応を電気化学的に評価しました。その結果、負電荷修飾電極で両酵素の電極反応効率が向上することを実証しました。これは、正電荷を帯びた酵素表面と負電荷を帯びた電極表面の間の静電引力に起因すると考えられます。

 

                  図2:ADHとALDHの(a)立体構造、(b)静電ポテンシャルマップ

 

2-2.ADHとALDHを組み合わせた電気化学カスケード反応でバイオ燃料電池を構築

上述の酵素特性を踏まえ、ADHとALDHを同じ電極表面で組み合わせた電気化学カスケード反応系を開発しました。ADHを単一で用いた場合と比較して、ADHとALDHを組み合わせたときにエタノール酸化電流が上昇したことから、ADHの反応生成物であるアセトアルデヒドがALDHによってさらに酸化されることを確認し、本カスケード反応を実証しました。また、2酵素の濃度比を制御し,数理モデルに基づいてカスケード効率の最適化を試みたところ、反応中間体(=アセトアルデヒド)の捕捉率を高める酵素-電極界面の設計がカスケード効率の向上において特に有効であることが示唆されました(図3(a))。本知見に基づき、電気エネルギーの獲得と酢酸の生産を同時に実現するバイオ燃料電池(図3(b))を構築した結果、出力密度は0.48 mW cm–2(既報の10倍以上)を記録し、さらにエタノールから酢酸への変換における電解効率は100 ± 4%に達しました。よって、天然の酢酸菌の呼吸鎖電子伝達を模倣したような、高出力かつ高効率の電気化学カスケード反応を実現しました。

 

      図3:ADHとALDHを組み合わせた(a)電気化学カスケード反応の数理モデル、(b)バイオ燃料電池の模式図

 

3.波及効果、今後の予定

生体触媒である酵素は、その高い活性と反応選択性に基づき、次世代のエネルギー変換触媒として期待されています。本研究成果は、社会実装の進むバイオエタノールを原料として利用でき、高効率なエネルギー変換兼物質生産デバイスの構築に繋がります。さらに電気化学カスケード反応は、有機/無機/金属触媒を含む非生体触媒の分野でも広く活用され得るものです。よって、生体模倣反応の優れた効率を実証したのみならず、複合的な触媒設計を加速し、再生可能エネルギーの普及および持続可能な低炭素社会の実現に貢献します。

 

4.研究プロジェクトについて

本研究は、国立研究開発法人 日本医療研究開発機構AMED BINDS制度(JP22ama121003)、日本学術振興会 科学研究費助成事業(JP21H01961、JP22K14831)、京都大学創立125周年記念ファンド「くすのき・125」、京都大学への寄附金(加来裕生氏、王厚龍氏、濵野泰如氏)の支援のもとで実施されました。

 

用語解説

※1  酢酸菌:
食酢の製造に用いられる微生物。
※2 アルコール脱水素酵素:
エタノールをアセトアルデヒドに酸化する酵素。
※3 アルデヒド脱水素酵素:
アセトアルデヒドを酢酸に酸化する酵素。
※4 カスケード反応:
前段での反応生成物が次段で反応する直列の多段階反応。
※5 呼吸鎖電子伝達系:
複数の酸化還元反応を組み合わせ、生物がエネルギーを獲得する代謝系。
※6 バイオエタノール:
穀物や木材などの生物資源を発酵させて製造するエタノール。
※7 クライオ電子顕微鏡観察:
タンパク質などの生体試料を含む溶液を急速凍結し、薄い氷に包埋することで、生理的な環境に近い状態で電子顕微鏡観察を行う手法。
※8 単粒子像解析:
電子顕微鏡で撮影した多数の生体分子像から、立体構造を決定する構造解析手法。
※9 電解効率:
電気化学反応によって生じる電気量を基準として、反応生成物の物質量を電気量に換算したときの割合。値が100%に近いほど副反応が少ないことを意味します。
※10 直接電子移動型酵素電極反応:
酵素反応と電極反応が共役した反応を“酵素電極反応”と呼びます。その中でも、酵素が電極と直接的に電子移動できるものを直接電子移動型と呼び、本文中ではDET型反応と記載しています。
※11 静電ポテンシャルマップ:
タンパク質がもつ電荷の偏りを計算によって導出し、色分けしたもの。

 

参考文献

Taiki Adachi, Keisei Sowa, Yuki Kitazumi, Osamu Shirai, Kenji Kano, Cyanide sensitivity in direct electron transfer-type bioelectrocatalysis by membrane-bound alcohol dehydrogenase from Gluconobacter oxydans, Bioelectrochemistry, 147, 107992 (2022)

Taiki Adachi, Yuki Kitazumi, Osamu Shirai, Kenji Kano, Direct electron transfer-type bioelectrocatalysis by membrane-bound aldehyde dehydrogenase from Gluconobacter oxydans and cyanide effects on its bioelectrocatalytic properties, Electrochem. Commun., 123, 106911 (2021)

 

論文情報

タイトル:Experimental and theoretical insights into bienzymatic cascade for mediatorless bioelectrochemical ethanol oxidation with alcohol and aldehyde dehydrogenases
(アルコール/アルデヒド脱水素酵素を用いたメディエータ不要の生物電気化学的エタノール酸化における2酵素カスケード反応の実験的/理論的考察)
著  者: Taiki Adachi, Tomoko Miyata, Fumiaki Makino, Hideaki Tanaka, Keiichi Namba, Kenji Kano, Keisei Sowa, Yuki Kitazumi, Osamu Shirai
掲 載 誌: ACS Catalysis, 13, 7955-7965 (2023) DOI:10.1021/acscatal.3c01962

 

【蛋白質研究所】研究者紹介:田中 秀明准教授(蛋白質結晶学研究室)

―ひと言コメントをお願いいたします―

生物電気化学と構造生物学が融合することによって得られた大きな成果だと思います。今後もこのような異分野間の共同研究により、社会に還元することができる新しい技術の開発に貢献していきたいと考えています。

 

 

 

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