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ACHIEVEMENTS研究成果

ACHIEVEMENTS

研究成果

プレスリリース

2023.06.21

リンパ管の構築と恒常性を司る謎の鍵分子を同定 ―リンパ管形成に関わる分泌タンパク質ポリドムはTie1結合分子だった!―

お読みいただく前に

リンパ管は、血管と同様に全身に広がる脈管組織で、主に毛細血管から漏出した水分、タンパク質、脂肪を含む組織液の回収を担っています。先天性の遺伝子疾患や乳がん手術に付随するリンパ節郭清によりリンパ管の働きに異常をきたすと、重度の浮腫を発症し、最終的には免疫機能にも影響を及ぼします。リンパ管の機能不全に起因する疾病を治療するためには、リンパ管がどのように作りだされ、そこでどのような分子が機能しているかをまず理解することが必要です。

 

研究成果のポイント

  • リンパ管の構築と機能発現において中心的役割を果たす膜受容体Tie1の結合分子がポリドムであったことを同定
  • リンパ管・血管の形成に必要な膜受容体として発見されたTie1は、発見以来30年間、どのようなタンパク質と結合するのか、その結合分子が不明であった
  • ポリドムは、細胞外マトリックスタンパク質で、これまでの研究で胎仔期のリンパ管の形成、成熟に必要であることがわかっている
  • Tie1結合分子の発見により、リンパ管の形成機構の解明が進み、乳がん手術後に発症するリンパ浮腫など、リンパ管の機能不全が原因となっている疾病の新たな治療法の開発が期待される

 

概要

大阪大学蛋白質研究所マトリクソーム科学(ニッピ)寄附研究部門の関口 清俊寄附研究部門教授、佐藤(西内) 涼子特任研究員(常勤)らの研究グループは、リンパ管の成熟に必要な分泌タンパク質として同定したポリドム※1(Polydom; 別名SVEP1)が長い間結合分子が不明であった膜受容体Tie1の結合分子であることを明らかにしました。

チロシンキナーゼドメインをもつ新規膜受容体として約30年前に発見されたTie1は、リンパ管の構築と機能維持に必須な中核分子として、現在も活発に研究が進められています。しかし、兄弟分子であるTie2がアンジオポエチン※2という血管形成制御因子と結合することがわかっているのに対して、Tie1はアンジオポエチンとは結合せず、その結合分子の正体はこれまで謎となっていました。

研究グループは、同グループが作製したポリドム遺伝子欠失マウスがTie1遺伝子欠失マウスとよく似たリンパ管の形成不全を呈することに着目し、ポリドムがTie1の結合分子であるとの仮説を立て、ポリドムとTie1の組換えタンパク質を使って両者が直接結合することを実証しました。また、ポリドムがリンパ管細胞のTie1に結合すると、PI3K/Akt※3と呼ばれる細胞の遊走を司るシグナル伝達系が活性化することもわかりました。実際、リンパ管細胞にポリドムを作用させると細胞の遊走が顕著に促進され、Tie1に結合できないポリドム変異タンパク質ではそのような遊走は起こりませんでした。発生途上の未熟なリンパ管は、リンパ管の細胞が活発に遊走することによって、太い集合リンパ管を形成します。ポリドムがリンパ管細胞のTie1に結合すると、細胞内でPI3K/Akt経路のシグナルが活性化され、それによってリンパ管細胞が遊走して、機能的に成熟したリンパ管が形成されると考えられます。これらの発見は、結合分子が不明であったために研究が遅れていた膜受容体Tie1の機能解明に重要な手がかりを与えるものです。今後リンパ管の構築と機能維持の分子機構の解明が大きく進むことが期待されます。リンパ管の機能不全が原因で発症するリンパ浮腫は、乳がん手術の際のリンパ節郭清の合併症や先天性遺伝疾患により発症することが知られています。今回の研究成果はリンパ管の形成と恒常性維持の分子機構の研究を加速することにより、リンパ浮腫に対する新たな治療法の開発につながることが期待されます。

本研究成果は、米国細胞生物学会誌「Journal of Cell Biology」に、2023年6月20日(日本時間)に公開されます。

図1.ポリドムは Tie1 と結合し、PI3K/Akt経路を活性化する。(A) ポリドムとその変異体の構造。(B) ポリドムとその変異体のTie1結合活性。(C) 野生型マウス (左) とポリドム欠失マウス (右) のリンパ管細胞。欠失マウスではPI3K/Aktシグナルが不活化しており、転写因子Foxo1が核内に局在している。

 

研究の背景

リンパ管は、血管と同様に全身に広がる脈管組織で、主に毛細血管から漏出した水分、タンパク質、脂肪を含む組織液の回収を担っています。先天性の遺伝子疾患や乳がん手術に付随するリンパ節郭清によりリンパ管の働きに異常をきたすと、重度の浮腫を発症し、最終的には免疫機能にも影響を及ぼします。リンパ管の機能不全に起因する疾病を治療するためには、リンパ管がどのように作りだされ、そこでどのような分子が機能しているかをまず理解することが必要です。

Tie1は、今から30年ほど前、兄弟分子のTie2とほぼ同時に発見された膜受容体タンパク質で、血管やリンパ管に選択的に発現しています。どちらの遺伝子を欠失させても血管やリンパ管の発生に異常が見られますが、Tie1の場合は特にリンパ管の形成が著しく影響を受けます。Tie1とTie2はどちらもチロシンキナーゼドメインをもつ膜受容体タンパク質であり、その結合分子の探索が精力的に進められてきました。Tie2の場合、アンジオポエチンという分泌タンパク質と結合することが早くから知られていますが、Tie1はアンジオポエチンとは結合せず、これがどのようなタンパク質と結合するかがリンパ管の研究領域では大きな謎でした。

研究グループは、新規細胞外マトリックスタンパク質として独自に同定したポリドムというタンパク質の遺伝子を欠失したマウスが重度の浮腫を発症して、出生直後に死亡することを見いだしています。このポリドム欠失マウスでは、未熟なリンパ管はできますが、これが成熟した集合リンパ管になることができません。そのため、組織液の回収ができず、浮腫を発症します。しかし、リンパ管が成熟するために、ポリドムがどのような働きをしているかは不明でした。

 

図2.野生型マウス (左) とポリドム欠失マウス (右) のリンパ管。野生型マウスでは太い集合リンパ管が形成されるが、ポリドム欠失マウスでは未成熟な網目状のリンパ管に止まっている。

 

研究の内容

関口教授らは、細胞外に分泌されるタンパク質ポリドムの欠失マウスと膜受容体Tie1の欠失マウスがどちらも成熟したリンパ管を形成できず、重篤な浮腫を発症することに着目し、ポリドムがこれまで不明であったTie1の結合分子ではないと考え、生化学的手法を用いてその検証を行いました。具体的には、ポリドムとTie1の組換えタンパク質を用い、両者が特異的に結合することを明らかにしました。また、培養したリンパ管細胞にポリドムを投与すると、ポリドムを投与した方向に向けて細胞が遊走し始めることがわかりました。Tie1に結合できないように変異を導入したポリドムでは、このようなリンパ管細胞の遊走は起こりませんでした。さらに、ポリドムで刺激した細胞を調べると、PI3K/Akt経路と呼ばれる、細胞の遊走を司るシグナル経路が活性化していることがわかりました。ポリドム欠失マウスのリンパ管ではこのシグナル経路が活性化していませんでした。これらの結果は、ポリドムが長い間正体が不明であったTie1結合分子であること、ポリドムがTie1に結合すると、PI3K/Akt経路が活性化し、リンパ管細胞が遊走し始めることにより、未熟なリンパ管が集合リンパ管へと成熟することを示しています。

 

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、ポリドムが長い間正体不明であったTie1の結合分子であることがわかり、リンパ管の構築と恒常性維持において中核的役割を担うTie1の機能解明が今後大きく進むことが期待されます。乳がん手術に付随するリンパ節郭清や先天性遺伝子疾患で見られるリンパ浮腫は、リンパ管の形成不全や機能不全がその原因となっています。リンパ管形成の分子機構の解明を通じて、ポリドムやTie1を標的とした新たなリンパ浮腫の治療法の開発が期待されます。

 

特記事項

本研究成果は、2023年6月20日(日本時間)に米国細胞生物学会誌「Journal of Cell Biology」に掲載されます。

タイトル:“Polydom/SVEP1 binds to Tie1 and promotes migration of lymphatic endothelial cells”
著者名 :Ryoko Sato-Nishiuchi, Masamichi Doiguchi, Nanami Morooka, Kiyotoshi Sekiguchi
著者の所属:大阪大学蛋白質研究所マトリクソーム科学(ニッピ)寄附研究部門
DOI  :https://doi.org/10.1083/jcb.202208047

 

用語解説

※1 ポリドム:
別名SVEP1。3500以上のアミノ酸からなる巨大なタンパク質。EGF様ドメイン(9個)、vWAドメイン(1個)、CCP/Sushiドメイン(34個)など、様々なドメインが数珠状につながった構造を持つ。血管やリンパ管の細胞ではなく、その周囲を取り囲む間葉系細胞から分泌され、リンパ管周囲に組織化される。Tie1のほか、インテグリンα9β1、アンジオポエチンにも結合する。

※2 アンジオポエチン :
血管・リンパ管の形成と機能発現を制御する分泌タンパク質。4種類のアンジオポエチンが存在する。その中でもアンジオポエチン-1がTie2の主要な結合分子であり、血管・リンパ管の構築と維持において中心的役割を担っている。

※3  PI3K/Akt :
PI3Kはホスファチジルイノシトール 3-キナーゼの略称。ホスファチジルイノシトール 4,5- 二リン酸のイノシトール環の3位にリン酸を導入して、ホスファチジルイノシトール 3,4,5- 三リン酸を生成し、これがAktキナーゼを活性化する。このPI3Kの活性化によりAktが活性化されるシグナル経路をPI3K/Akt経路と呼ぶ。細胞の生存維持と遊走(運動)を制御する中核的なシグナル伝達経路である。

 

【蛋白質研究所】研究者紹介:関口 清俊教授(マトリクソーム科学(ニッピ)寄附研究部門)

(左から)土井口真康 招へい研究員、関口清俊 教授、佐藤(西内)涼子 特任研究員(常勤)

 

―ひと言コメントをお願いいたします―

ポリドムがTie1に結合することを見つけてから、この結合の生物学的意義を解き明かすまでに長い時間がかかりました。ポリドムの研究を始めた時、世界に競合するグループはなく、自分たちのペースで楽しく研究を進めることができましたが、Tie1への結合を介してリンパ管形成に重要な役割を担うことが次第に明らかとなり、競争が急に激しくなってきました。ようやくこの論文が公開されたので、これからは国内外の研究者との共同研究をどんどん進めて、この研究をさらに発展させたいと思います。

 

 

 

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