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ACHIEVEMENTS研究成果

ACHIEVEMENTS

研究成果

プレスリリース

2024.10.03

海洋性珪藻類が行う高効率CO2固定を可能にするタンパク質を発見 ―ゲノム編集とクライオ電子顕微鏡で解明する葉緑体ピレノイド構造の謎―

関西学院大学生命環境学部 松田祐介教授、嶋川銀河助教※、辻敬典助教※、大阪大学蛋白質研究所 栗栖源嗣教授、川本晃大助教、Christoph Gerle特任准教授※らは、スイスバーゼル大学 Benjamin Engel教授、Manon Demulder博士研究員、およびグルノーブル大学 Giovanni Finazzi教授、Serena Flori博士研究員※らと共同で、海洋性珪藻類が行う高効率な光合成反応を可能にする新規タンパク質を発見し、その高効率な二酸化炭素固定※1を可能とする分子メカニズムを最新のゲノム編集およびクライオ電子顕微鏡技術で解明しました。研究成果はCell Press社が刊行する国際誌Cellに、2024年10月2日(日本時間)にオンライン掲載されました。

※所属は研究当時

【本研究成果のポイント】

  • ・ CO2固定化酵素ルビスコで構成される珪藻ピレノイド(Pyrenoid)※2を、光アミノ酸※3を使って“その場”で強固に結合させ、ピレノイドを覆う新しいタンパク質構造を発見し、Pyrenoid Shell (PyShell)と命名。
  • ・ PyShellは試験管内で自己重合し、この重合体をクライオ電子顕微鏡で解析すると周期性を持ったチューブ構造やシート構造をとることを発見。対称性を利用してPyShellチューブの立体構造を2.4Å分解能で決定。珪藻細胞をクライオ電子顕微鏡でトモグラム撮影し、ピレノイド周辺に試験管内と同様のシート状構造があることを観察。
  • ・ PyShellをゲノム編集で破壊すると、シート状構造の消失とピレノイド形成の不全とともに、光合成効率が1/80まで著しく低下することを発見。海洋で最大の二酸化炭素固定量を誇る珪藻の、二次共生による特徴的な葉緑体構造の形成機構と機能を初めて分子レベルで解明。

【概要】

珪藻が持つ二次葉緑体※4の構造は陸上植物とは大きく異なっており、CO2固定化酵素であるルビスコ※5が葉緑体中心部に緩やかに集合し、ピレノイドと呼ばれる構造体を作ります。今回、本研究のリーダーである松田祐介博士(関西学院大学)の研究グループは、細胞内で相互作用するタンパク質同士を紫外線照射により共有結合することができる光アミノ酸を利用し、これを珪藻のタンパク質合成系に取り込ませることで、ルビスコと結合する新たなタンパク質を発見することに成功しました。このタンパク質が二次葉緑体のどこに存在するかを調べたところ、ピレノイド辺縁部に局在することが分かりました。そこでこの新しいタンパク質をPyrenoid Shell(PyShell)と名付けました(図1)。

図1.ピレノイド(青破線で囲まれた部分)は珪藻葉緑体内にルビスコが相分離した構造体で、その中心部にはチラコイド膜が貫通している(ピレノイド貫通チラコイド膜)。ルビスコ結合タンパク質遺伝子と緑色蛍光タンパク質(GFP)遺伝子をつなぎ、この融合タンパク質を珪藻に発現させたところ、ピレノイド辺縁部に局在(緑、PyShell(GFP))することが分かった。

栗栖源嗣博士(大阪大学)の研究グループは、遺伝子組換え技術により調製したPyShellの構造を最新のクライオ電子顕微鏡を用いて解析しました。精製されたPyShellは試験管内で自律的にチューブ構造(直径約30Å(オングストローム、1 Åは1億分の1 cm))やシート状の構造を作っており、チューブやシートは、PyShellの二量体が繰り返し単位となり特定の対称性を持って配置していました。その対称性を利用して平均化することで、2.4Åという高分解能のPyShell立体構造を決定したところ、PyShellはC末端が長く突き出した特徴的な構造をしており、この突き出たC末端がPyShell分子同士を繋ぎ合わせてチューブやシートを形成することが分かりました(図2)。

図2.チューブ状に重合した組換えPyShellの密度マップ(左)と2.4Å分解能で解析した最小ユニットの構造を前、横、後ろから見た図(右)。

さらにBenjamin Engel博士(バーゼル大学教授)のグループは、クライオ電子顕微鏡により、クライオ電子線トモグラフィー※6の手法を用いて、珪藻の葉緑体内にある微細構造を立体的に観察しました。その結果、PyShellと思われるシート状構造を20Å分解能で解析することに成功しました。この分子の繰り返しの単位が、2.4Å分解能で解析した試験管内重合PyShellのものと完全に一致することが示され(図3)、試験管内で自己重合したPyShellと同じシート状構造が、葉緑体内のピレノイド周辺に確認できました。

図3.葉緑体のチラコイド膜とピレノイドの界面にあるPyShellのトモグラム像(左)。
トモグラフィーの画像から再構成した細胞内PyShellの20Å分解能構造に図2の構造を当てはめた図(中央および右)。凍結した珪藻細胞から最新型の切削装置で薄く葉緑体を切り出し、クライオ電子顕微鏡によりトモグラム像を撮影した(右)。

次に松田博士のグループは、最新のCRISPR/Cas9ニッカーゼ法で※7で珪藻が持つPyShell遺伝子をゲノム編集破壊することに成功しました。PyShell破壊珪藻は大気下での生育が遅くなり、その光合成の効率は野生株に対し、1/80程度まで著しく低下しました。Engel博士のグループが、Giovanni Finazzi博士(グルノーブル大学教授)のグループと共に、このPyShell破壊珪藻の二次葉緑体を観察したところ、正常なピレノイド構造(ピレノイド貫通チラコイド膜を有する構造:図1)が形成できず、ピレノイドを囲むシート状構造も消失するうえ(図4)、ピレノイド構造も壊れて断片化することを確認しました。

珪藻は海水中に豊富に存在する重炭酸イオンをポンプで積極的に取り込んで葉緑体に蓄積し、蓄積した重炭酸からCO2を発生させてピレノイド内のルビスコに固定させると考えられています。PyShellによって形作られる正常なピレノイドの構造(図4左下)が、ルビスコへのCO2供給に必須であることが本研究から示されました。

PyShellは珪藻やハプト藻など、海洋一次生産※8の主役といえる二次共生藻類に保存されていました。さらに、PyShellの遺伝子配列を海洋のメタトランスクリプトームデータベース※9に照合することによって、PyShell遺伝子が世界の海洋で発現していることも、本研究で分かりました。これらの成果は、海洋一次生産の根幹を支える葉緑体構造と機能に関する初めての分子知見です。

図4.PyShell破壊株の生育(左上):野生株に対し破壊株の生育は遅い。PyShell破壊株の光合成(右上):効率の良い野生株と対照的に、破壊株の光合成は高濃度の無機炭素を必要とする。野生株ピレノイドの構造(左下):野生株にはPyShell構造が観察され、ピレノイド貫通チラコイド膜が存在する。破壊株ピレノイドの構造(右下):一方、破壊株のピレノイドにはPyShellもピレノイド貫通チラコイド膜も観察されない。

【背景・研究成果の説明】

二次葉緑体を持つ二次共生生物には、珪藻など、海洋に繁栄し地球上の主要なCO2固定者であるものが多く存在します。特に珪藻は、北日本近海を含む高緯度海域に繁栄し、植物プランクトンとして海洋の一次生産と食物網を支えている重要な微細藻類です。海洋一次生産を担う二次葉緑体は、その構造や機能が陸上植物とは全く異なっています。特に葉緑体中心部にはルビスコが相分離した大きな構造体を持っていて、ピレノイドと呼ばれます。ピレノイドはその中心部にチラコイド膜※10が貫通しており、この内腔には炭酸脱水酵素(CA)※11が特異的に存在します。この内腔CAは、珪藻が海水から取り込んで葉緑体に溜めた重炭酸イオンからCO2を迅速に発生させ、ピレノイドに凝集するルビスコにCO2を供給します。この仕組みがあることで、珪藻の光合成はイネなどの陸上植物よりも40~50倍高効率です。高効率光合成の過程は光エネルギーを必要とするため、この“CO2発生モデル”は光とCO2利用を最適化し、高効率の光合成を可能にする仕組みとして、松田博士が提唱してきました。しかしピレノイドは単離が難しく、その構成因子と働きには多くの謎が残されていました。

今回の研究では、光アミノ酸による感光架橋技術を使ってこの問題を解決し、珪藻ピレノイドの辺縁部を取り囲むPyShellを発見しました。さらにPyShellのゲノム編集破壊により、PyShellがピレノイドの構造形成とピレノイド内でのCO2発生に決定的に重要であることを示しました。一方、PyShellが試験管内で自己組織化して重合し、チューブ状やシート状の構造を取ることを発見し、このチューブ状に重合した構造を、クライオ電子顕微鏡という最新型の電子顕微鏡で測定することで、PyShell二量体の構造を2.4Åという極めて高い分解能で決定しました。さらに、最新のクライオ電子線トモグラフィー法を駆使して葉緑体内部にあるPyShellタンパク質についても20Åという高分解能で構造決定しました。これら、日欧で決定した試験管内の構造と葉緑体内の構造は矛盾無く一致しました。PyShellを失った珪藻細胞では、ピレノイド辺縁部のPyShell構造が消失することから、これらの構造の同一性は決定的となり、その機能は、ピレノイドの構造形成、ピレノイド貫通チラコイド膜におけるCO2発生超分子複合体の形成、およびピレノイド構造の保持に必須であることが分かりました。

この研究では、地球のCO2固定の主役といえる珪藻が持つ、謎の多かった二次葉緑体構造形成とその機能に必須な役割を果たすPyShellタンパク質を世界で初めて発見しました。PyShellの機能を特定しただけでなく、その特異で新奇な構造を明らかにし、さらにPyShellが世界の海に幅広く発現することも突き止めました。水中の光合成生物を含めると、葉緑体の構造と機能は極めて多様です。近年、水中光合成の重要性や応用への可能性に注目が集まっており、本研究では、その中でも特に重要な葉緑体構造形成の鍵となる分子についての新たな発見に至りました。

【今後の展開】

珪藻が属するストラメノパイルの葉緑体構造が形成される過程が、今回の発見を皮切りに詳細な解明が進むことが予想されます。これは二次葉緑体の構造と機能の謎を解く端緒となるだけでなく、地球全体のCO2固定反応の理解に大きく貢献するものです。そのため、将来の海洋環境予測ひいては地球レベルの環境予測にも分子のレベルから重要な指標を与えると考えられます。一方、微細藻類が有するCO2固定機構は陸上植物に比べ、高効率且つシンプルです。また我々人類の食料生産との競合がないうえ主な貯蔵炭素が油脂であるため、バイオエネルギー源としても有望です。海水と太陽光による高効率な珪藻バイオエネルギー生産に向けた、次世代の葉緑体エンジニアリングに対し、新しい方向性を与えると思われます。また、珪藻の持つ高効率なCO2発生超分子複合体の、界や門を超えた光合成生物への利用、あるいは合成生物学による葉緑体設計への応用が期待されます。

【用語解説】

  • (※1)二酸化炭素固定:陸上植物や水中のバクテリアおよび藻類が行う反応。ここでは、水から得た電子と光のエネルギーを使って、CO2を有機物に変換する反応(光合成)のことを指し、低いCO2濃度で速い光合成速度が得られるほど光合成の効率は高い。
  • (※2)ピレノイド(Pyrenoid):核果をあらわすPyreneが語源で、微細藻類の葉緑体にみられるタンパク質構造体。
  • (※3)光アミノ酸:通常の必須アミノ酸と同様の構造を有するが、側鎖の部分にジアジリン環と呼ばれる化学修飾がなされている人工アミノ酸。紫外線照射によりカルベンと呼ばれるラジカルを生成し、接する分子と無作為に共有結合する。
  • (※4)二次葉緑体:ラン藻の共生によって獲得された葉緑体を一次葉緑体と呼び、一次葉緑体を持つ緑藻や紅藻が、別の生物と共生して獲得された葉緑体。珪藻は紅藻起源の二次葉緑体を持つ。
  • (※5)ルビスコ:ribulose 1,5-bisphosphate Carboxylase/Oxygenaseの略称。植物や藻類が細胞に取り込んだCO2を固定する酵素タンパク質。
  • (※6)クライオ電子線トモグラフィー:電子顕微鏡技術の一つ。イオンビームを使って凍結した細胞を切削し、薄い切片に加工して極低温(-196℃)で傾斜させながら連続的に画像測定し、その画像を再構成して細胞内の分子像を立体的に可視化する方法。細胞内にある状態のタンパク質分子の構造を調べる方法として注目されている。
  • (※7)CRISPR/Cas9ニッカーゼ法:ゲノム編集技術の名称。ウイルスに対抗するバクテリアの免疫システムとして知られていたが、現在多くの生物に応用され、ゲノム上の所望する配列の変更に用いる技術。ニッカーゼ法は標的配列をDNAの両側から指定できるため、正確なゲノム編集が可能。
  • (※8)一次生産:光合成によるCO2固定とそれに続く有機物生産。
  • (※9)メタトランスクリプトームデータベース:土壌や海洋などに存在する生物が持つ遺伝子から転写された伝令RNA(mRNA)の配列を網羅的に解読したデータベース。調べたい海域で、ある遺伝子がどれだけ発現しているかを知ることが出来る。
  • (※10)チラコイド膜:光合成において、光のエネルギーを酸化還元反応に変換する光化学反応を担う膜構造。
  • (※11)炭酸脱水酵素(CA):CO2と重炭酸イオン(HCO3-)の変換反応を両方向に触媒する酵素。

【論文情報】

著者:Ginga Shimakawa,†, Manon Demulder,†, Serena Flori,†, Akihiro Kawamoto,†, Yoshinori Tsuji, Hermanus Nawaly, Atsuko Tanaka, Rei Tohda, Tadayoshi Ota, Hiroaki Matsui, Natsumi Morishima, Ryosuke Okubo, Wojciech Wietrzynski, Lorenz Lamm, Ricardo D. Righetto, Clarisse Uwizeye, Benoit Gallet, Pierre-Henri Jouneau, Christoph Gerle, Genji Kurisu, Giovanni Finazzi, Benjamin D. Engel,*, Yusuke Matsuda,*
†筆頭著者;*責任著者
論文タイトル:Diatom pyrenoids are encased in a protein shell that enables efficient CO2 fixation
(珪藻のピレノイドは高効率CO2固定を可能にするタンパク質の殻に覆われている)

掲載ジャーナル:Cell (2024)
DOI: 10.1016/j.cell.2024.09.013

【特記事項】

本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 CREST 「細胞内現象の時空間ダイナミクス」研究領域 研究課題名「光合成オルガネラ間コミュニケーションの動的分子基盤」(課題番号:JPMJCR20E1、研究代表者:栗栖源嗣)、科学研究費補助金基盤研究(A)(代表:松田祐介)、学術変革研究(A)(領域代表:栗栖源嗣)の支援を受けて日欧の国際共同研究として行われました。

研究者からひと言

栗栖源嗣 教授
数年前に関西学院の松田先生と一緒に始めた共同研究の最初の担当者は東田君(現兵庫県立大助教)でした。彼が一生懸命に組換え体を調製し,森本君,福島さん,福澤君と引き継いで最終的に2.4Åの構造決定に至りました。その後,以前にNDH1Lの研究でご一緒したBenjamin D. Engel教授,Calredoxinの研究でご一緒したGiovanni Finazzi教授との日欧4研究室の国際共同研究に発展して,大きな仕事になりました。改めて人と人のつながりの大切さを実感しています。

蛋白質結晶学研究室(栗栖研):http://www.protein.osaka-u.ac.jp/crystallography/LabHP/

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